●恵まれなかった博才
「来年は10億をプレゼント。お楽しみに」某母親から、そんな絵葉書が届いた、たかおこし隊の黒川です。こんばんは。
というわけで、迫ってきましたね。年末ジャンボ宝くじの抽選日。
ぼくは宝くじはもとより、年賀状の当たりクジ、的屋のあんず飴のコリントゲーム、クエックエックエな森永チョコボールの金・銀のエンゼル、駄菓子の黄な粉棒の当たり爪楊枝、ガリガリ君の当たり棒……なにひとつ……なにひとつ当たったことがありません! 食べ続けているのに!
食い意地が張っているんでしょうね。
当たるといえば食の当たりが関の山。
そんなぼくにとって「運」は、まさに高嶺の花です。
運に恵まれた人物、華々しい瞬間を目にすれば見惚れ、眺め、羨んで……ため息をついてまた<地>べたを歩くとき、残像ばかりが麗しく……目の前は露骨な<道>。
(地道とはよく言ったものだなぁ……)
コツコツやるしかない毎日を過ごしているのですが、協力隊の業務に必須なのが写真や動画の撮影 ――
被写体や時間帯の転調、光線の変化、ハプニングの混入など、画面のなかに偶然……「運」をうまく取り込むほど、ストーリー豊かになるのが写真や動画だなんて、なんという因果でしょう。
●井上周邦さんの撮影講座
「運がめちゃめちゃよくて、それだけで食べて行けるカメラマンも、いるにはいますよ(笑)」
そんな、恐るべき事実を聞かせてくれたのが、井上周邦さん。
2020年11月26日、撮影講習の講師を務めてくれた、多可町在住のカメラマンです。
井上さんの運営サイト
「lens aberration」
https://shu-i.com/
「ただ、運任せの人は仕事が続きにくい。クライアントに訴え、『また仕事を頼もう』と思わせるのは、依頼に応えたうえで発揮する、プラスアルファの部分です」
プラス……アルファ……?
思わず耳の縁がピンと立ち、聞き耳モードに切り替わります。
「いろいろなやり方があると思いますが、私が大事にしてきたのは……リサーチ。撮影に必要な要素や条件を徹底的に割り出し、できるだけの準備してから現場に臨むことです。
こういった部分は写真に出にくく、伝えづらいのですが、見ている人は見ている。特に、仕事の依頼を決める編集者は分ってくれますね」
クライアントとの信頼関係……フリーランスにとって非常に重要で、大事にしたいからこそ力んでしまうなど、非常に難しいポイントです。
井上さんの発言に、気づきや感銘、そして悔いの感情が混ぜこぜになります。
せっかく、ベテランカメラマンに話が聞ける機会。
情緒のるつぼに浸ってももったいないので、手元のメモを見返しました。
「暗 撮る ポイント ツアー」
暗号のような単語の羅列は、ぼくが井上さんに聞きたかった事柄。
暗い環境を渡り歩きながら、建物の外観・内観、人々の様子を撮影するとしたら……井上さん。どういったことに気配りされているのでしょう……?
●古民家ツアーの撮影
11月23日、多可町で古民家ツアーが開催されました。
町外のお客さんを招き、多可町の古民家を巡覧。
各物件の住人やリフォーム担当者の話が聞けたり、リフォーム前/リフォーム後の対比ができたりと、移住を検討する参加者に向け、盛りだくさんのプログラムが組まれています。
ぼくはこのツアーに同行。
参加者、引率者を含め10名以上の大所帯と一緒に、加美区から八千代区の古民家を回ったのですが、この撮影が高難度で……
「見学者の邪魔にならないように立ち回る」
「場所が変わり、人も思い思いに動く」
「狙いたい空間の大きさ、人の位置や表情が頻繁に変化する」
「撮影環境が暗い」
このような厳しい条件にあって、1枚絵でピタリと押さえたスチール(静止画)を撮るとなると……暗所撮影の基本は踏まえるものの……
結局は「たくさん撮って、こんなときだけ神や仏に頼むだけ……! お願いゴッド&ブッダ!」と超現実的なパワーへの依存度が、ぐぐっと高まりました。
手応えよりも……歯ぎしり。
井上さんの講座に際し、そんな撮影の記憶が苦々しかったので、「古民家ツアーを撮影する際の鉄則」を伺いました。
●再び説かれたリサーチの重要性
そんな青い質問に対し、井上さんは惜しげもなく答えてくれました。
・印象深い内観を撮るなら、画面のなかに1つ、中心となるイメージやシンボルを置いて、それがぐっと映えるような絵作りをする
・70-200㎜くらいの望遠レンズが1本ほしい
・ロケなら装備は軽くしたい。でも、ストロボ、三脚は「持ってくればよかった」と思いがち。備えよう。
・基本的に絞りはF5~6の固定でいいはず
・ISOも400までなら、あとで拡大してもノイズがのらない
・体をぶらさずに撮影するとき、ガチっと固めるよりは力を抜いて。自然体のほうが結局、体は揺れない。
さらに、井上さんの鉄則「事前リサーチ」について、プラスアルファを教えてくれました。
「光の具合や場所の状態、人を写す背景にするためのベストなスポット……こういった条件をふまえ、適切な写真を撮るには、できればロケハンしたい。
前日の訪問や内部チェックが無理なら、せめて撮影のすこし前に現場に行き、周辺をぐるぐる歩きましょう」
●「いま!」の寸前で
講座が終盤に差し掛かったころ、井上さんが呟きました。
「事前にリサーチして、イメージを豊かにする。いざ現場でチャンスを待っていると、来るんです。分かるようになる。『あ、いまだ!』って。ファインダーを覗いていると、イメージ通りの絵にピタっとはまるんですね。
でも、シャッターは、それと同時じゃ遅い。『いまだ』と感じる瞬間の……ちょっと前にシャッターを押す。大事なのは、すこし前。これです」
イメージになる寸前にシャッターを切る……?
それが、そうなっていない段階で、そうなることがわかって、そうなる前に……押す? なる前なのに、なるとわかって、それに気づき、シャッターを押す……???
井上さんの発言を思い返しながら、書き起こしていると……迷路にはまってぐるぐるしているような気持ち。
でも、不思議と、いや、わかるなんて言えないけれど、なんとなく感じ取れるものがあります。
ああ……そういえば伝統芸能・能の創始者である世阿弥が「感情によって人は動く。でも舞台でそれを表現する踊り手は、感情の手前を舞いなさい」と言ったとか、言わなかったとか……
そんな禅問答のようなセリフが頭のなかに蘇り、うーん……う……ん、うううん……うん、……うん。
運がついたようです。
井上周邦さん、ご指導ありがとうございました。
(おわり)